おかげさまで創業100年

おかげさまで創業100年

当社は明治44年(1911年)2月、初代社長林健三郎が大阪市西成区阿波座にて林健印刷所を創業いたしました。創業当時は株券、銀行の通帳印刷、文具(便箋等)等の活版印刷製品を取扱っておりました。

第二次世界大戦で一時営業をストップしておりましたが、昭和22年林健印刷所を再開、飴・石けん等の包装紙を取り扱い、昭和25年8月、資本金40万円で精工印刷株式会社を設立しました。

2代目社長林信男が現在の礎となる農産物の包装資材の取扱いを始めました。戦後、農産物は木箱に入れ出荷されていましたが、その際、産地名・品名を表示するため、木箱の側面にラベルを貼っていました。戦後、当社が取扱うきれいな美術印刷は大変好まれ、全国、遠くは青森県や長野県へもダイレクトメールによって販売活動をしておりました。

昭和30年代に入り、段ボールが出現し、いち早く精工でも取扱いましたが、段ボールは地場産業ということで、本格的な参入には至りませんでした。段ボールと平行して、プラスチックフィルム(ポリエチレンフィルム)が出現し、農産物包装でもキャベツや白菜、ピーマンに採用されるようになり、当社でもフィルムの取扱いをスタートしました。また同時にイチゴのパックのような成形品も現れ、現在の農産物包装資材専門商社の形ができ上がってきました。

昭和30年代後半になるとスーパーマーケットが出現し、セルフサービス方式の販売に変わったため、農産物においても個包装の必要性が増してきて、農産物の包装資材の扱い品目も大幅に増加しました。

昭和50年代に入り、農産物の鮮度保持フィルムが開発され、より多くの農産物に袋包装が採用されるようになりました。またこの時期、スーパー業界においてバーコードが開発されたことや、日本人の生活も豊かになり、新鮮な野菜・果物のニーズが高まったことで、防曇フィルムのような機能性のある鮮度保持フィルムの需要が急増しました。

平成2年7月、高知県香美郡香我美町(現在の香南市)に精工にとっては初めてのフィルム加工工場を竣工いたしました。それ以来2~3年ごとに需要拡大に合わせ、高知工場・宮城工場を新設・増設し、現在の設備になっています。

平成13年1月には、将来の事業のもう一つの柱になるであろうデジタル印刷機を導入しました。平成15年度よりデジタル印刷の中心事業となっているダミーサンプル作りがユーザーより評価を得て、日本はもとより世界で『オンリーワン』の事業として立ち上がってきました。さらにBSEやO-157、農薬問題に端を発し、顔の見えるシールとしてデジタル印刷によるシールが脚光を浴びるようになってきました。

平成19年4月には茨城県土浦市につくば工場を設立。これにより農産物包装資材10%、農産物包装フィルム50%、一般包装フィルム20%、デジタル20%の体制が整いました。